理事長のページ
所属学会など
- 日本皮膚科学会
- 日本皮膚悪性腫瘍学会
- 日本臨床皮膚科医会
経歴
昭和53年 金沢大学医学部卒業
同、皮膚科学教室入局
54年 富山県立中央病院皮膚科
55年 金沢大学医学部皮膚科
60年 公立加賀中央病院皮膚科
61年 富山赤十字病院皮膚科
63年11月1日 開業
追悼 モハメド・アリ氏
6月3日は日本皮膚科学会総会があり京都にいた。その時にこの訃報に接した。その後、佐野に戻ってしばらくして、大学時代の山岳部の先輩で和歌山大学特命教授のKさんから一通の葉書が届いた。わたしがボクシングファンなのを知っているので、当時医学部の生協(食堂)のテレビでフォアマンと戦った思い出をしたためてくれたものだった。今でも会いたい先輩の一人なので嬉しかった。
さて、わたしが小学生の頃にはボクシングはとても人気があり、テレビではほぼ連日放映されていた。最初にアリ(当時はカシアスクレイ)の試合を観たのはアーニーテレル戦だったろうか(なにしろ中学か高校の頃のことなので間違いはご容赦を)? テレルは両腕ですっぽりと顔を隠し防御に徹してほとんどパンチを出さなかった。アリは“What’s my name?”と言い続けていたような記憶がある。「顔を隠しているから俺が誰だか判らないだろう!(手を出して)少しはこっちの顔を見ろよ!」と叫んでいたんだと思う。判定で圧勝したが試合そのものはあまり面白くなかった。その数年後、大学生となり金沢に住んだ。金沢という地を選んで後悔したことはほとんど無いが、入学したころはテレビの民放は北陸テレビただ一つ。ボクシングは北日本テレビでないと観られなかった。それはUHFというアンテナを設置しなければ観ることはできず、放映はたいてい遅い時間帯だったような覚えがある。困ったなと思っていたが、今では金沢のB級グルメとして有名な、第7餃子の店(当時は医学部のある小立野台にあった)で視聴可能なのを発見してホワイト餃子や豚汁を注文して観戦したものだった。 先輩の葉書のフォアマン戦はわたしも同じ医学部生協のテレビで観ていたと思っていたが、たまたま先輩に気づかなかっただけなのか、声を掛け合った覚えがない。それはともかく、最重量級としては革命的なスピードで今のヘビー級の原型を確立した。その意味でヘビー級の革命児だ。でも、アリのもっと凄い点は、自身が強く感じた人種差別とある意味その延長線上の反戦の意識だろう。ベトナム戦争という「リング」に「反対コーナー」から登場し、「賛成コーナー」のアメリカ合衆国という「最強の敵」からボクサーのもっとも円熟した期間にライセンスを取り上げられるという反則攻撃を受け、KO負け寸前のピンチに陥りながらもその裁判に勝訴し、その後フォアマンに勝ってチャンピオンベルトを取り戻したこと、すなわちボクシングでチャンピオンに返り咲いたばかりでなく、戦争反対という強烈なパンチを当て続けて、劇的な逆転KOでアメリカ合衆国に勝利したことなのではなかろうか。
テレビを通してではあるが、ジョー・フレイジャー、ジョージ・フォアマンなどとの闘いを観ることができたのは、深く心に刻まれた良い思い出である。
アリ氏のご冥福を祈るばかりです。 (記 平成28年7月20日)
准看護学校第58回卒業生
5月4日に同窓会があり、当時校長であり講義も受け持っていた関係で声をかけていただき、出席してきました。翌日早朝に孫を連れて館林のつつじを観に行く約束をしてあったのでちょと躊躇しましたが、酒を控えめにすれば大丈夫だろうと思い、参加しました。
卒業して丸2年、進学コースに進んだ人は看護師(正看)の資格を取り更なる目標を持っており、卒業後すぐに就職した人はそれぞれの職場で頑張っているようで、安心しました。これまで卒業生とは、10人ほどのグループと飲み交わしたことは何回かありましたが、今回のように正式な形の同窓会はやったことはなかったようです。とても楽しいひとときを過ごすことができました。
この学年の卒業式では、北海道の余市のマイウヰスキー(当時の10年前にウヰスキー作り体験をして樽に詰めたものが、瓶に入れられ送られてきた私にとってのレアもの)が暮れに届いたため、校長の式辞で、単に絞れば飲めるジュースではなくて、10年(あるいはそれ以上)かけてじっくりと味・色・香りが熟成されるウヰスキーになってください(こつこつと勉強を続けてください)、と話しました。式の後の謝恩会にはそのうちの1本を差し入れました。また、例年の卒業生は文集を作っていましたが、58回生はDVDにまとめました。折に触れて見ています。
会の最後に、10年後にまた開こうと幹事が締めくくったので、私も「是非また声をかけて欲しい」と言いましたが、”ん!?、10年後・・・?、大丈夫かな?“。幹事のK君、5年後にしてくれませんか?
あまり楽しくて、つい飲み過ぎたので、翌朝は約束の時間ギリギリでやっと起きました。(平成25年5月7日更新)
准看護学校 資格試験前の「特訓」
2月の医師会館の二階、准看護学校の教室を覗いてみると、一生懸命に勉強する二年生の姿があります。資格試験に向けて猛勉強中なのです。成績優秀な生徒がそうでない生徒にアドバイス。私は約20年前から皮膚科・膠原病の講義を受け持っています。今年の二年生にはこれまでにない厳しい採点をしたので心配になり、館林のだるま市に行った時に全員合格を祈ってだるまを買い、試験前には去年同様に安納芋の焼き芋を差し入れました(これが、甘くて美味しいんです!)。一生懸命に頑張る若者(といっても、平均年齢はおよそ30歳ですが)の姿を見るのはとても好きです。素晴らしい光景ですよ。今年は2月24日に試験があり、卒業式・謝恩会は3月1日にありました。自己採点では全員合格だったこともあり、みんなの生き生きした顔がとても素敵でした。一つの事を成し遂げた喜びを思いっきり噛みしめたことでしょう。
*3月13日に発表があり、全員無事合格しました!!!(平成25年3月14日更新)